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東大体操部部員日記

東大体操部の部員による日記です。

卒部ブログ

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東大体操部OGの濱田です

みなさんお久しぶりです。お元気ですか
私は元気です。引退してから体操はほぼしていません。
おかげさまでシンスプも何もかも完治しました。
私たち四年生が現役ラスト舞台だったあの日から、もう半年が経とうとしています。

どんなに思い出に残ったことも、浸っている暇はそんなになく時間は流れていくんだなと感じます。
引退してからは、研究室とバイトで忙しい毎日を過ごしています。
遅れていた研究と急ピッチで向き合った結果、1月の学内発表で最優秀賞をいただき、連日のバイトのおかげで大赤字になっていた財政はすっかり回復しました。全カレの鹿児島への飛行機代が高すぎて金欠だったのが懐かしいです。

引退してからも体操をしたいと思うことはよくありました。しかし学業や怪我もあり、トレ体とは離れざるを得なかったこの半年間は、結果として私の体操競技や現役生活への思いにけじめをつけてくれた気がします。
引退試合、さまざまな気持ちが溢れて仕方なかったあの日が、半年経って、ようやくひとつの過去になってきたなと感じている今日この頃です。

なんだか、あんなに体操に打ち込んでたのがうそみたいです。週3の義務練、年数回の試技会や試合、アップ、トレーニング、集合。みんなと当たり前に過ごしていた私が知ってるあの日常は、あまりに特別な非日常でした。

そんな日々を振り返って、
卒部ブログとしてここに綴っておきます。
後からトピック化しました。大体こんな流れで書いてあると思います。

①部活の権利と義務
②クソガキ時代
③怪我
④同期
⑤大学始めとして

①部活の権利と義務
そういえば引退後に久しぶりにバイトに復帰したとき
「主人公はゲストであり自分達はあくまで労働者側」
ということをなぜか強く痛感させられました。

義務練義務練と言うけれどやっぱり部活は権利だったんだな、と思います。

“部活だから”
今思えばこれはすごい力を持った言葉でした。大学生は部活をするのが当たり前じゃないからこそ、思い返せば他のコミュニティの友達や親戚にも、偉いね、頑張ってるねっていう視線を向けられていた気がします。
部活だから試合の日授業休んでも仕方ないとか、部活だからシフト無理して入らなくていいとか、部活だからやってるのすごい尊敬するとか。
義務練があって、器具があって、福田さんに補助してもらえて、所属しているだけである程度のものは担保される、やりたくてやってることなのに"部活だから"というだけで優先してもらえたり揃ってしまう環境は、現役限定の最高の特権だと思います。

でも実際蓋を開けてみたら、私もいつもそういう風に思えた訳ではありませんでした。今みなさんの中にも辞めたいって思う人、思ったことある人たくさんいるでしょう。いるよね。
なかなか技がうまくならない、学業バイトとの両立ができない、モチベや目標が見つからない、人間関係がうまくいかない、大学生は遊びたい!!!、原因は人それぞれだと思いますが、こうありたいと思ったような部活にならないこともありますよね。せっかくの権利なのに、それを忘れてしまうくらい大変な出来事に、多分今の2、3年生は特にもう直面してる人もいるんじゃないかな。と思います。

"部活だから"
かつての私には凶器のような大嫌いな言葉でした。
少し私の過去の話をします。
国立高校で、私は部活を途中退部しました。
女子硬式テニス部に入り、週7で活動し、放課後練に加えて朝練昼練への参加、終わらないミーティング、テスト直前に遠い会場でメンタルトレーニングの座学、それでもレギュラーになるのはJr.上がりの後輩。勉強や学校行事よりもテニスを優先させられ、報われない上に何もかも強制参加だった生活に耐えられず、もっと勉強も文化祭もやりたい!そんな気持ちでの退部でした。
今思えば、このやらされている思考こそが自分の首をさらに絞めて苦しくしていたのだと思います。

それが始まりでした。私には、どうしようもない諦め癖と達観癖がついてしまいました。
結果的に、大学受験にも落ち、浪人しても頑張ることができなくなっていました。頑張るべき時のもう一踏ん張りができないんです。頑張れない方が辛いとはこのことかと痛いほど実感しました。
それ以来、テスト、受験、試合、といった頑張れないことが露呈される機会が嫌いになりました。
理科大に入ると考えが少し楽になりました。挑戦ごとに苦しむのはもうやめて、最低限単位取ってやることはやって、周りの人を大事に、そうしたらそこそこ楽しい生活が送れるんだと感じるようになりました。優れたものは何もないけど、それなりに日常を過ごし、友達と遊んで、楽しくて、何か物足りない、そんな日々でした。

②クソガキ時代
(※幹部経験者の方々気を悪くしたらすみません)

義務練選べる!週3来ればいい!5時9時!
授業ある日は遅れてきても大丈夫

ん?これならできるじゃん!!
ただみんなと体操するのが楽しくて、入部を決めた私の認識はこんなもんでした。練習内容も自由だし、学業を邪魔されることもない、こんな束縛されない部活あったんだ!!
すでに嫌な予感ですね。変な時期のインカレ入部だった私は、部則を正しく確認する機会もなく、自由オフや試合義務などを最低限だけ理解し、まるでそれは同意ボタンを押すだけの契約同意書のようでした。こうして部活の束縛大嫌いモンスターを内に秘めたまま入部しました。

2年冬〜3年春
一通り技数が揃い、上達する楽しさが薄れてきた頃、義務練が面倒になっていました。
成長もなく白いタンマにまみれた生活より友達と遊ぶ方が魅力的に見えました。週3の義務練の時間以外、体操部の概念ごと脳から消えていた私は、Slackもろくに見ずスタンプは毎回メンション状態、任意練にも行ったことがなく、ミーティングが伸びたりすると友達との夜ご飯の約束に遅れてイライラしていました。
やるべき最低限のこともやらず注意され、
セットカットではうるさすぎて怒られ、
練習はいつも遅刻ギリギリ、
注意されても全く響かず、入部の時週3で良いって聞いたし守ってるしのスタンスで、何を言われてもなんか怒ってるなあとしか思いませんでした。幹部代を経験して初めて、これがどれだけ厄介なクソガキか分かりました。
本気で体操や部の仕事に取り組んでいる人や感情的になっている人をどこか達観して他人事のように見ていました。しかし何度注意されても直す気が起きない自分に対して、だんだん周りとの温度差も感じ始め、私には頑張れない、迷惑かけるだけだしこれ以上注意されるならやめようかなと思い始めました。
ミーティング、トレーニング、Slackでの連絡など、義務練外の束縛が増えるにつれて私の体操部に対する思いは、あの高校での地獄の記憶とどんどん重なっていきました。
毎日早く帰りたくてたまりませんでした。
今の1.2年生はももかさんにそんなイメージはあまりないかもしれませんが、本当に厄介な女でした(?)

なぜ私は考えが変わったんだろう
きっかけは怪我と同期でした。

③怪我
羅列するほどはありませんが、2度の骨折を経験し、これが大きな転換期になりました。
1度目:3年4月、左足首骨折
グループ前ラスト練習カット直前でした。もちろんグループ出場は断念。歩けませんでした。モチベもほとんどなかった私は、体操だけでなく大学の授業も、楽しかった日常生活もバイトも遊びも何もかも奪われて絶望しました。トレ体に行けなかったため、ちょうど良い退部理由ができたというか、ああ全然このまま離脱できるなと思いました。しかし回復してきた頃、久しぶりに体操をしてびっくりしました。あれ?やっぱ体操楽しいな?
復帰するにあたって考えました、中途半端にやってるから義務練がキツいんだ、また途中辞めしたくない、引退まであと一年だしどうせやるならガチで大技習得しにいこう。
ここからツカハラへの大きな挑戦が始まりました。
あと実は、大学始めのみほが入部してくれたことはかなり刺激になりました。モチベも上がったし、初めて体操を教えられる後輩ができたことは私が部活にいる意味をもたらしてくれました。

2度目:3年2月、右脛疲労骨折
多分言わずもがなですね。ツカハラの練習のしすぎです。モチベ上がったはいいものの、ただがむしゃらに毎日やっていました。やばい時は1日20本で週4とかやってましたよ、ホラーですよね。そりゃ折れるわ
この骨折で私は、競技特性の理解、コンディション管理の大切さ、努力の仕方の工夫など、選手としての体操競技を学ぶことになりました。また動けない時間に、ダンスに向き合ったことで表現力や振りのレベルが上がったのも有意義な時間でした。以下、怪我をして身をもって大事だと感じたことです。合ってるかは知らないよ。
体操競技において、
・体のSOSはメンタルで乗り越えるべきではない
・動けないときはイメトレ(本当に効果ある!!!)
・(強度高い技を習得するなら特に)筋トレとアップダウンは必須
ここからは日常生活ですが、
・お風呂の湯船絶対入る
・食生活は規則正しく!食べすぎない!
・太りやすい時水分補給を水にすると体絞りやすい
サッカー、テニスなど他のスポーツもやっていましたが、意外とコンディションに左右されない感じがして軽視していました。しかし体操は、他とは比べ物にならないくらい圧倒的に体のケアが必要でした。
この頃から、だんだん競技としての体操に正しく向き合えるようになっていった気がします。(おそいな)

④同期
平井さんと駿太さんが引退する前、幹部代というものへの実感がいまいち湧かず、正直幹部は自分はあまり関係ないものと思っていました。インカレは三役には就けないし、大学始めだし体操にも詳しくない、多分私よりこだわり強い人いっぱいいるだろうし、しれっとしてあんまり主張とかせず私は平和に引退コースかなあ!
がちで最初そんなこと思ってたんですが、、
全然無理でした、なんかもう、何だったんでしょうね、
さっこがみんな違ってみんないい、とか言っていましたが、みんな違いすぎてそれ自体は個性豊かでいいんだけど命懸けの大戦争始まっちゃって、あの、ちょっと、、ええ??これはガチで向き合わないと部活崩壊するやん。原動力はそんなところでした。
意図されたものではなかったと思いますが、結果として同期の存在が私を本気で部活に向き合わせてくれました。
気づけばSlackではメンションする側になっており、部活以外の時間にあたりまえに部活の仕事をしていました。

思い返せば、とんでもないミーティングがたくさんありましたね。体操やプライベートなどそれぞれが身を削り、時間を削り、何度話し合っても結論が出ないこともありました。
どんな同期だったって、一言じゃ言い表せないですけど、一人一人のいいとこ、わるいとこ、人間らしいとこ、垣間見える本音、全員分語れちゃうなあって、こんな風に思えるのがきっとなにより真剣に向き合った証拠なんだと思います。特別な存在です。ありがとう。

⑤大学始めとして
私が大学始めというアイデンティティを意識するようになったのは、たくみさんの影響が大きいかもしれないです。入部してすぐの頃、大学始めでゆかのダブルに挑戦していた姿に驚きと憧れを覚えました。私も頑張れば無限の可能性があるんじゃないか!とわくわくしたのを覚えています。
そもそも大学始めというものは、体操の世界に入ってきてくれたこと自体がとても歓迎されます。最初は何をしても褒められましたし、技ができるとみんなが喜んでくれました。そんな感じで面白いほどのペースで技数が揃ってしまいました。
そこからは、大学始め女子は技数揃ったくらいで十分すごいよね〜という界隈の雰囲気に呑まれ、しばらく苦しい停滞期。
ワンランク上に行こうと開拓したのはツカハラと車輪でした。大学始めの女子が本当にできるのか、どうやって練習したら良いのか、周りに参考になる前例もなく経験者を参考にするしかありませんでした。やり方は合っているのか、ゴールがあるのかも分からない暗闇の中を手探りで進んでいくような感覚でした。
もう経験者しか到達できない域なのか、、?と自信喪失していた時、やはり大学始めの先輩たちからの言葉は特別な勇気をくれました。同じ大学始めで、1から習得した先輩にももかこれできるよ!って言ってもらえたり、アドバイスや励ましの言葉を貰えるのってなんかとてつもない説得力というか、できるかも!って特別な力を貰えたんです。
そうしているうちにいつからか、こんなに希望や力をもらったのだから、今度は私が大学始めの子に希望を与える存在になりたいと思うようになりました。4年生になって大学始めの後輩も増えました。大学始めの人に限らず、私のツカハラや車輪への限界突破のような挑戦はどう映っていたでしょうか。あの頃は無我夢中で取り組んでいましたが、今はそんな自分が少しでも多くの人に何かを与えられる存在になれていたらないいな!と思います。

〜最後に〜
どんな時間にも終わりはいつか必ずやって来るということ、季節が過ぎていくこと、東大体操部の中で生きた時間の割合は自分の中でどんどん大きくなっていたこと、だけど気づいた時にはあっという間で、大切にしたい瞬間はまるで手のひらから零れ落ちていくように誰にも止められないものです。

人は経験して成長していくものだと思います。
波瀾万丈の現役生活で、本当にたくさんの感情に出会いました。綺麗な思い出だけが全てではありません。
どんな記憶もあり得ないと蓋をして忘れてしまうより、せっかくなら全部覚えておきたい、そう思います。

きっとこの記憶と経験こそが1番の財産です。
あの時許せなかったことが許せるようになったり、絶対に分かり合えないと思っていた人がああこういう気持ちだったのかと気づいたり、何十年後かにそういう日が来るかもしれません。楽しみです。

辛い生活が終わった安堵、戦い抜いた達成感、届かなかった技への悔しさ、仲間との別れの実感、
心をかけた分だけその時間が大切になるということ、
引退試合で溢れてしまった思いが、少しずつ言語化できるようになってきました。

私は、自分が最終的に体操部に本気で打ち込むことができて良かったと思います。今考えれば、モチベが上がったのは自分の力ではなく、環境や偶然が重なった奇跡だなとも思います。
何より諦め癖がついてた自分が、決して簡単ではなかったこの現役生活を最後までやり切れたことは本当に大きな自信になりました。
かと言って、もっと早く入部していればとか、もっと早くから真面目に練習していればとか、思っているわけでもありません。うーん、全く思わないかというと嘘になりますが、これが私の選択だったなと納得しています。
多分もう一度過去に戻っても疲労骨折はしていてツカハラには苦戦してたと思うし、私が本気で部活に取り組むためのメンタルの成長には時間が必要でした。これが私にとっての最短経路だったと思います。

大学生活を振り返ってみた時、たくさん遊んだ時期もあり、たくさんバイトした時期、たくさん勉強した時期、だけどたくさん体操に打ち込んだなあとも思えるような、全部やり切った4年間でした。3年生の途中で、体操ガチるなら現役中の今しかないって気づいてバイトや遊びの優先順位を思い切って下げたのが本当に大正解でした。でも、誰しも絶対部活に4年間本気で捧げなきゃいけないとか、そういうふうに思っているわけではないです。部活に所属している理由は人それぞれだと思うし、最低限のルールは守った上で何を大切にするかはみんな違っていいと思います。

大学生活でやり残したことはないので、私は胸張って次のステップに進んでいこうと思います。

たくさん読んでくれてありがとうございました。

最後になりますが、今までお世話になった同期、現役の皆、福田さん、OBOGの方々、関わってくださった全ての方々に感謝致します。ありがとうございました。

かけがえのない時間をくれたこの東大体操部が、この先もずっとずっと続いていくことを願ってます。

皆さんお元気で。

4年 濱田百花