2026.09.09(水)15:40
現役最後って考えると何か改まっちゃって悩むけど、結局改まったこと書いちゃう
JUGEMブログで開くこんにちは。4年の飯島です。
新入生の自己紹介ブログはとても面白かったですね。部活で実際に会って話すのとは別の印象を受ける人も少なくなくて個性にあふれたブログたちでした。その後にいきなり引退前の自分がブログを書くわけです。落差がすごい。
本当は自分が1年生のときから書いたブログを振り返ってみたりとかしてみたかったのですが、恥ずかしいし大変そうだったのでやめます。何を書こうか考えているのですが、現役最後っていう冠詞がつくとかしこまってしまって、何を書けばいいのかよくわかりません。
一旦普通のブログに書くようなことから始めます。
##無水カレーの話##
何人かには話した気がするのですが、無水カレー作りに最近ハマっています。具材から出る水分だけでカレーを作るのが無水カレーで、炊飯器で作るレシピもインスタでしばしば見かけますが、鍋でも作れます。自分も鍋派です。
そもそも何でハマったのかという話ですが、単純に簡単かつ、栄養も取れるからです。研究室に持っていくお弁当としてとても優秀なんですね。ほかのおかずがなくてもごはんが食べられるから。それに、野菜の水分が主となるので必然的に大量の野菜を食べることになります。調理は、具材とカレー粉などの少しの調味料を加えて極弱火で放置。その間に別のことが出来ちゃう、完璧な料理なんです。
あとはバリエーションが豊富なのも飽きない原因ですね。トマトと玉ねぎが主な水分源になるのでそれらは固定としても、ほかの具材は色々変えることが出来ます。そもそもトマトも、生のトマトかトマト缶かで味が変わりますし、お肉の種類を変えられるのはかなり良い。ちょっと前は、まさふみともつ鍋をした余りのホルモンでホルモンカレーを作りましたがなかなかおいしかった。
基本は鶏むね肉を入れてヘルシーに、と思っているのですが、さすがにやや味気ないというか、何か足りない気がします。脂が足りないんですかね。結局カロリーが正義ということでしょうか。ただそれでも食費を抑えるという意味でも、食事の制限という意味でも胸肉は優秀です。
自炊が面倒くさくなっている人、あるいは今後面倒くさくなった人はぜひ試してみてください。
##現役最後っぽいことを書きたい##
じゃあここまでの道のりをおさらいするという意味で、さっくり体操人生を振り返りましょう。退屈にならないようにできるだけ頑張りました。
#小学校5年生まで#
6歳で地域の体操教室みたいなところに入りました。きっかけは友達に誘われたからです。当時のクラブは、マットが中心で時々跳び箱や低鉄棒をやるという、運動教室という側面が強いクラブでした。場所も、近くの中学校の体育館を借りて週に1回、1時間半だけやる程度のものでした。自分が小学校3年か4年生くらいの時に練習は週2回に増えましたが、それでも体操競技としての体操を自分が意識する機会はありませんでした。また、この時は冷暖房がなかったので、特に冬に足が凍りそうになりながらはだしで体操をしていたのが印象深いです。
この時からコーチは怖かったし、大会は嫌いでした。たった週1回の練習を、仮病を使って休んだりもしましたが、それでも体操の底なしの魅力に足を踏み入れていたように思います。
#小学校6年生から高校3年生まで#
自分が小学校6年生にあがる時に、マット運動のようなものではなく、体操競技をきちんとできる施設を作りたいとコーチが考えてくれて、どこかの倉庫だった場所を買い、器具ももらったり購入したりしてそろえ、男女の体操競技の種目がそろった体育館を作ってくれました。ピットも手作りです。すごいですよね。
晴れて週4回の練習の機会を手に入れたわけです。当然、週2回のままなんとなく続けていくこともできましたが、当時まじめだった自分は期待に応えなくちゃという気持ちもあり、週4回のコースに進みました。この時はなんとなくもうやめられなくなりそう(よくない意味で)な気がしていました。
結果的に高校3年生まで続けるわけで予感が当たったわけですが、そこまでの道のりもなかなか大変でした。中3の頃から痛み始めた手首は治らず、高校1年生6月と2年生11月に手術をしました。その他アップ中に足をひねったり、3回ひねりをはじめてゆかでやったら回りすぎて脳震盪になったり、そんなことをしていたらなかなか上達もしませんでした。ちなみに自分のクラブには硬い着地がなかった(すべてピットだった)ので、前述の3回ひねりの陸あげは大会会場でした。そりゃ怪我するわ。
なかなか上達しないコンプレックスや、同じクラブに年の近い人がおらず、大会はいつも孤独だったことから、大会は相変わらず嫌いでした。
それでも、高校2年生の手術を乗り越えてから引退である高校3年生の6月までは相当楽しかったです。鉄棒の伸身サルトもギンガーも、伸身カサマツも、すべてこの期間に習得しました。コーチもいつしか怖い存在ではなく対話相手に変わり、新しい技は一緒に手探りで学んできました。コーチも技によってはやったことない技を、一緒に頭を悩ませながら向き合ってくれました。
そんな風にして得た新たな技をたくさん積んで臨んだ引退試合では、公式練習中に鉄棒のギンガーで落下し肘を負傷、無念の棄権となりました。あんなに試合に出たくなかったのに笑、いざ出られないとなると悔しくて、初めて試合に出られないのが悔しくて泣きました。高校まででもいいなと思っていた体操ですが、この不完全燃焼のせいで大学でも続けたいと思うようになりました。
その後再び手術を経て受験勉強に専念、無事東大に合格しました。受験期は東大体操部の新歓PVを見てモチベをあげていました。
#東大体操部#
ついに入部した体操部は、これまでの世界とは全く違う世界でした。自分と同じくらいの年代の人がいろんな技を練習していて、自分の住んでいたこれまでの世界がいかに狭いものか知りました。恥ずかしい話ですが、自分は本当に技を知らずに生きてきて、あん馬の逆リア倒立下りとか、平行棒のアームカットとかを知ったのは大学に入ってからでした。
ずっとクラブで、同期もいない中練習してきた自分には、部活という集団に所属する安心感とか、一緒に練習できる人がいることの楽しさとかがとても新鮮でした。一気に東大体操部の魅力に引き込まれました。同時に、自分の体操をほめてもらえる機会というのもこれまで多くなかったので、認めてもらえることがうれしかった記憶もあります。
東大体操部では周りに刺激を受けながら自由にチャレンジできることが楽しくて、たくさん技を試して上達することができました。我ながら結構うまくなった方なんじゃないかと思います。笑
嫌いだった大会も、知っている人がたくさんいる大会はこんなに楽しいのかと、初めての七大戦で衝撃を受けました。失敗をしても大丈夫なんだとも思えるようになりました。
この辺のことは振り返りだすときりがないし、東大体操部の引退を控えているのに、東大体操部の振り返りを始めたら何か引退した感じになっちゃう気がするので詳細には振り返らないことにします。引退ブログとかのほかの機会に回しましょう。感謝の言葉とかもその辺で。
とりあえず残り2週間は、相変わらず後輩に迷惑をかけお世話をされながらぼちぼちやっていこうと思います。
##################
少しは楽しんでもらえましたかね。自分も昔を懐かしむいい機会になりました。
つまり自分が何を言いたかったかというと、東大体操部はめちゃくちゃ恵まれているということです!!!本当にありがとう体操部。
全員が最低限同じ方向を向いて、主体的に練習できる場所ってすごいですよほんと。大学生ってすごい。東大生ってすごい。
##残り2週間の抱負##
振り返っていたらなんかしんみりした感じになって気まずいので、残り2週間の抱負でも書いておきましょう。
絶対怪我しない!運でいいからノーミス!残りの練習楽しむ!
以上です。
##最後に##
同期たちも着々と引退に向けて頑張っているようですね。残りの練習回数数えてみてください。毎回参加しない限りほとんどの人が10回切ってるんじゃないの。やっば。
まあでも、この1年間で最も練習に参加して、最も長くみんなを見ていたであろう自分から言わせてもらうと、七大戦余裕ですね。やりたい技は全部かまして気持ちよく引退しましょう。七大戦では、我々東大の4年生が主役だという気持ちでいったりましょう。
結構同期の演技楽しみですね。何してくれるんかな。
後輩たちも七大戦は余裕ですね。1年生は今できることをそのままやってくれば花丸だし、2年生は練習頑張ってるから心配いらないし、3年生はなんか顔が余裕そうだから大丈夫でしょう。
後輩たちがどんな演技を魅せてくれるのかにも期待が高まります。
新入生の自己紹介ブログから一転、ムードを変えてしまいました。
今後の見どころとしては、ブログの遅延常習だったうちの代が果たして七大戦までに全員書くことが出来るのかどうかです。予想は厳しい。
皆さんも刮目しておいてください。
それでは次はきっと引退ブログで。
飯島
新入生の自己紹介ブログはとても面白かったですね。部活で実際に会って話すのとは別の印象を受ける人も少なくなくて個性にあふれたブログたちでした。その後にいきなり引退前の自分がブログを書くわけです。落差がすごい。
本当は自分が1年生のときから書いたブログを振り返ってみたりとかしてみたかったのですが、恥ずかしいし大変そうだったのでやめます。何を書こうか考えているのですが、現役最後っていう冠詞がつくとかしこまってしまって、何を書けばいいのかよくわかりません。
一旦普通のブログに書くようなことから始めます。
##無水カレーの話##
何人かには話した気がするのですが、無水カレー作りに最近ハマっています。具材から出る水分だけでカレーを作るのが無水カレーで、炊飯器で作るレシピもインスタでしばしば見かけますが、鍋でも作れます。自分も鍋派です。
そもそも何でハマったのかという話ですが、単純に簡単かつ、栄養も取れるからです。研究室に持っていくお弁当としてとても優秀なんですね。ほかのおかずがなくてもごはんが食べられるから。それに、野菜の水分が主となるので必然的に大量の野菜を食べることになります。調理は、具材とカレー粉などの少しの調味料を加えて極弱火で放置。その間に別のことが出来ちゃう、完璧な料理なんです。
あとはバリエーションが豊富なのも飽きない原因ですね。トマトと玉ねぎが主な水分源になるのでそれらは固定としても、ほかの具材は色々変えることが出来ます。そもそもトマトも、生のトマトかトマト缶かで味が変わりますし、お肉の種類を変えられるのはかなり良い。ちょっと前は、まさふみともつ鍋をした余りのホルモンでホルモンカレーを作りましたがなかなかおいしかった。
基本は鶏むね肉を入れてヘルシーに、と思っているのですが、さすがにやや味気ないというか、何か足りない気がします。脂が足りないんですかね。結局カロリーが正義ということでしょうか。ただそれでも食費を抑えるという意味でも、食事の制限という意味でも胸肉は優秀です。
自炊が面倒くさくなっている人、あるいは今後面倒くさくなった人はぜひ試してみてください。
##現役最後っぽいことを書きたい##
じゃあここまでの道のりをおさらいするという意味で、さっくり体操人生を振り返りましょう。退屈にならないようにできるだけ頑張りました。
#小学校5年生まで#
6歳で地域の体操教室みたいなところに入りました。きっかけは友達に誘われたからです。当時のクラブは、マットが中心で時々跳び箱や低鉄棒をやるという、運動教室という側面が強いクラブでした。場所も、近くの中学校の体育館を借りて週に1回、1時間半だけやる程度のものでした。自分が小学校3年か4年生くらいの時に練習は週2回に増えましたが、それでも体操競技としての体操を自分が意識する機会はありませんでした。また、この時は冷暖房がなかったので、特に冬に足が凍りそうになりながらはだしで体操をしていたのが印象深いです。
この時からコーチは怖かったし、大会は嫌いでした。たった週1回の練習を、仮病を使って休んだりもしましたが、それでも体操の底なしの魅力に足を踏み入れていたように思います。
#小学校6年生から高校3年生まで#
自分が小学校6年生にあがる時に、マット運動のようなものではなく、体操競技をきちんとできる施設を作りたいとコーチが考えてくれて、どこかの倉庫だった場所を買い、器具ももらったり購入したりしてそろえ、男女の体操競技の種目がそろった体育館を作ってくれました。ピットも手作りです。すごいですよね。
晴れて週4回の練習の機会を手に入れたわけです。当然、週2回のままなんとなく続けていくこともできましたが、当時まじめだった自分は期待に応えなくちゃという気持ちもあり、週4回のコースに進みました。この時はなんとなくもうやめられなくなりそう(よくない意味で)な気がしていました。
結果的に高校3年生まで続けるわけで予感が当たったわけですが、そこまでの道のりもなかなか大変でした。中3の頃から痛み始めた手首は治らず、高校1年生6月と2年生11月に手術をしました。その他アップ中に足をひねったり、3回ひねりをはじめてゆかでやったら回りすぎて脳震盪になったり、そんなことをしていたらなかなか上達もしませんでした。ちなみに自分のクラブには硬い着地がなかった(すべてピットだった)ので、前述の3回ひねりの陸あげは大会会場でした。そりゃ怪我するわ。
なかなか上達しないコンプレックスや、同じクラブに年の近い人がおらず、大会はいつも孤独だったことから、大会は相変わらず嫌いでした。
それでも、高校2年生の手術を乗り越えてから引退である高校3年生の6月までは相当楽しかったです。鉄棒の伸身サルトもギンガーも、伸身カサマツも、すべてこの期間に習得しました。コーチもいつしか怖い存在ではなく対話相手に変わり、新しい技は一緒に手探りで学んできました。コーチも技によってはやったことない技を、一緒に頭を悩ませながら向き合ってくれました。
そんな風にして得た新たな技をたくさん積んで臨んだ引退試合では、公式練習中に鉄棒のギンガーで落下し肘を負傷、無念の棄権となりました。あんなに試合に出たくなかったのに笑、いざ出られないとなると悔しくて、初めて試合に出られないのが悔しくて泣きました。高校まででもいいなと思っていた体操ですが、この不完全燃焼のせいで大学でも続けたいと思うようになりました。
その後再び手術を経て受験勉強に専念、無事東大に合格しました。受験期は東大体操部の新歓PVを見てモチベをあげていました。
#東大体操部#
ついに入部した体操部は、これまでの世界とは全く違う世界でした。自分と同じくらいの年代の人がいろんな技を練習していて、自分の住んでいたこれまでの世界がいかに狭いものか知りました。恥ずかしい話ですが、自分は本当に技を知らずに生きてきて、あん馬の逆リア倒立下りとか、平行棒のアームカットとかを知ったのは大学に入ってからでした。
ずっとクラブで、同期もいない中練習してきた自分には、部活という集団に所属する安心感とか、一緒に練習できる人がいることの楽しさとかがとても新鮮でした。一気に東大体操部の魅力に引き込まれました。同時に、自分の体操をほめてもらえる機会というのもこれまで多くなかったので、認めてもらえることがうれしかった記憶もあります。
東大体操部では周りに刺激を受けながら自由にチャレンジできることが楽しくて、たくさん技を試して上達することができました。我ながら結構うまくなった方なんじゃないかと思います。笑
嫌いだった大会も、知っている人がたくさんいる大会はこんなに楽しいのかと、初めての七大戦で衝撃を受けました。失敗をしても大丈夫なんだとも思えるようになりました。
この辺のことは振り返りだすときりがないし、東大体操部の引退を控えているのに、東大体操部の振り返りを始めたら何か引退した感じになっちゃう気がするので詳細には振り返らないことにします。引退ブログとかのほかの機会に回しましょう。感謝の言葉とかもその辺で。
とりあえず残り2週間は、相変わらず後輩に迷惑をかけお世話をされながらぼちぼちやっていこうと思います。
##################
少しは楽しんでもらえましたかね。自分も昔を懐かしむいい機会になりました。
つまり自分が何を言いたかったかというと、東大体操部はめちゃくちゃ恵まれているということです!!!本当にありがとう体操部。
全員が最低限同じ方向を向いて、主体的に練習できる場所ってすごいですよほんと。大学生ってすごい。東大生ってすごい。
##残り2週間の抱負##
振り返っていたらなんかしんみりした感じになって気まずいので、残り2週間の抱負でも書いておきましょう。
絶対怪我しない!運でいいからノーミス!残りの練習楽しむ!
以上です。
##最後に##
同期たちも着々と引退に向けて頑張っているようですね。残りの練習回数数えてみてください。毎回参加しない限りほとんどの人が10回切ってるんじゃないの。やっば。
まあでも、この1年間で最も練習に参加して、最も長くみんなを見ていたであろう自分から言わせてもらうと、七大戦余裕ですね。やりたい技は全部かまして気持ちよく引退しましょう。七大戦では、我々東大の4年生が主役だという気持ちでいったりましょう。
結構同期の演技楽しみですね。何してくれるんかな。
後輩たちも七大戦は余裕ですね。1年生は今できることをそのままやってくれば花丸だし、2年生は練習頑張ってるから心配いらないし、3年生はなんか顔が余裕そうだから大丈夫でしょう。
後輩たちがどんな演技を魅せてくれるのかにも期待が高まります。
新入生の自己紹介ブログから一転、ムードを変えてしまいました。
今後の見どころとしては、ブログの遅延常習だったうちの代が果たして七大戦までに全員書くことが出来るのかどうかです。予想は厳しい。
皆さんも刮目しておいてください。
それでは次はきっと引退ブログで。
飯島