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東大体操部部員日記

東大体操部の部員による日記です。

隙あらば自分語り

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こんばんは。4年の清家です。
聞いたところによるともうすぐ引退するらしいです。今は出発前夜です。ふと思い立って書いています。

補強に関する話はまた今度にして、せっかく最後なので恥ずかしながら自分語りをします。

思えば、1年生の時。遠藤さんの卒部論文(名著なのでまだ読んでいない現役部員は読むべし、平成25年度冬部報)を読んで、「ドストエフスキーの小説があるのに僕らが小説を書く意味はあるのか?」という言葉がずいぶん頭に残っていました。
本文中では先輩方が書いた素晴らしい卒部論文があるのに自分が何を付け足すことができるだろうか、という文脈で使われているわけですが、寝ても覚めても腰痛で鬱がちな当時の自分はひょんな曲解をかましました。
「内村航平の体操があるのに僕らが体操をやる意味はあるのか?」

新人戦で何もできない自分を嫌というほど思い知らされ、怪我に悩み、続ける意欲が湧かなくなっていた時期のことです。
どーせ続けても世界王者にはなれないし(当然だけど)、世界どころか東日本の新人戦ですらバケモンみたいなの多すぎだし…勝てねえよ…
そもそも腰痛ずっと続くなら試合どころか練習すらできないし、てか痛い痛い痛い。なんもできない。もう無理だってマジで。
そもそも俺は何で体操やってんだっけ?そんな固執するようなもんだっけ?———

結局この思考はもやもやと解決しないまま、腰は何となく動かせるようになり、辞めるきっかけもなく続けてきた結果ここまで来てしまったわけですが、僕が体操をやる意味というのは結局のところなんだったのでしょうか???

今になって考えてみると、月並みですが、自分は「勝つ」ことに一番の意味付けを置いていたように思います。
ライバルを設定して勝つのも大事ですが、どちらかと言えば過去の自分に勝つこと。勝ち続けること。少しずつでも、進歩を続けること。
それが何とかやっていくモチベーションで、嫌になりそうなときは昔の動画を見て、進歩を確認して、まだ行ける!って踏ん張ってきました。
(そういえば先日上下揃えて赤の練習着を着ていったらたえちゃんに「赤を着る人は勝ちたがっているらしい」と言われましたが、これはあながち間違ってはいないのかもしれません)

そんなこんなでこれまでやってきたことが集積して、淀みなく繋がって(たまに淀むけど)、演技として完成していく感じ。
出来上がった演技が自分のアイデンティティになって、もう内村航平なんかどうだっていいや。(失礼しました)
これが今の自分の体操。続けてきてよかったなー。
最近そういう風になって、本当に体操が楽しいです。中津川さんが一昨年書いていたことがようやく分かった感じがします。

というわけで最後も楽しんで、自分に勝つ。結果、相手にも勝つ。そんな感じで行ってきます!

東大体操部、七大戦頑張っていきましょう!!!

最後ということでメッセージも。
僕をここまで育ててくれた先輩方には感謝をしてもしきれません。本当にありがとうございました。
日紫喜さん、米田さん、中西さん、茂沢さん、土居さん、大江さん、武田さん、原田さん、中津川さん、西川さん、大野さん、たつるさん、丸山さん、稲沢さん、島田さん、松本さん…多すぎて書ききれませんね。書けていない方にも感謝感激雨あられです。
特に福田さんには1年生の頃の前宙やらロン宙から、4年生までお世話になりっぱなしでした。不器用な僕を見捨てずここまで見守っていただきありがとうございました。

後輩たちは経験者も多いし、センスもいいし、教えられることはあんまりないけど、今年いっぱい補強だけはしっかりさせてやるからな。許してね。

清家 康博