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東大体操部部員日記

東大体操部の部員による日記です。

三年生冬、雑感。

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます、3年の馬場祥伍です。
最近初めて素直に、部活を楽しむ、ということが分かってきたように感じます。とてもありがたいことです。
かなり久々の日記で、もしかしたら現役部員として最後の日記になるかもしれないということで、最近の練習や運動会の主将合宿(僕は総務部員として参加)を通して考えたことを書こうと思います。

まずは、昨日の練習を振り返るところから。

最近は車輪器(パイプ)で大車輪ができる大学初めの後輩が増えてきて、昨日は早瀬さん、中西、茂澤が雄大に回っておりました。あと同期の佐野も!
その調子で、段違い平行棒や鉄棒でできるようになるといいな!
大車輪を練習しているのを見ると、以前の自分を思い出します。もう2年前のことか…

一方、僕は、鉄棒で大車輪からの宙返り降り、床でロンダートからのバク宙、平行棒での宙返り降り…と怖い技を積極的に練習して、着実に進歩しているのを感じることができた日でした。
これらの技にはどれも強い想い入れがあるので、その感慨深さといったら、ひとしおでした。

僕は1年生の頃から腰痛持ちで、床の練習(とくにバク転・バク宙)をすると負担が大きく、2年の春には3ヶ月練習を控えねばならないぐらいになりました。
その期間は上達してゆく他の部員を見ながらもどかしくて、毎回の部活が辛かったのを覚えています。

2年生の秋ぐらいからは腰痛も治まり、団体戦のメンバー入りが目標になりました。
そのためには全種目七技なければ…数々の(上に書いたような)怖い技も、もうためらっている場合ではない。
それが、ひときわ怖がりな僕の、大きな課題でした。

部活はなるべく全日程出るよう努め、毎回、次の試技会までの日数と自分の目標達成度を気にするようになりました。
思わしくなかった日は焦りを募らせ、進歩があった日でも安心するのは束の間、緊張が解ける日はありませんでした。

スランプも数え切れないぐらいありました。
平行棒の宙降りは、上達したかと思えばフォームとタイミングが狂い、器具上に背中から落下し、恐怖でますます体が強張って…
どうしようもなくなり、後方宙返りは諦め、前方宙返りの練習を始めました。
試技会を前にした2年生最後の合宿では、鉄棒の車輪宙がスランプに陥り、演技構成に入れることを諦めました。
練習に行く前に、重く胸が詰まるような気持ちになる日がほとんどでした。
勉強に気持ちが傾くと、部活に行く時間が惜しく感じられたりもしました。

でも、ここで踏ん張らなければ、団体戦のメンバーは全員、大学以前での体操経験者で占められてしまう。
他の多くの大学初めにとって、「七大戦団体戦優勝」という部の目標が、他人事になってしまう…

いつまでも続くかのような道のりの末、いよいよ3年の春の試技会がやってきました。
しかしその前日に、奇しくもあの大地震が起きたのでした。
試技会、大会は中止になり、しばらく部活ができず、次の目標は夏に。

そうしてやっと迎えた夏の試技会こそ、予想されていた通りの熾烈な競争になりました。
僕は、途中まで順調だったのですが、最後の方で大きなミスをしました。
詰めが甘いと言わざるを得ないミスで、情けなさと申し訳なさで一杯になりました。
結局、団体戦のメンバーには入れませんでした。
少しの間、無気力になりました。

しかし、ふと気付くと、一年前に比べて格段に上達した自分がいました。
頑張ってよかったと、心から思いました。
入部してからその日までの毎日を、初めて丸ごと肯定できた気がしました。
それから少しずつ、部活の楽しさが、辛さに勝るようになりました。
部活をやっている人、やってきた人それぞれの物語がトレ体にはあって、そこでは思っていた以上に濃密な時間が流れているんだな、とも感じました。

そして一方で、早くも自分の引退時期を意識するようになりました。
冬を越え、慌しい春の新歓と大会シーズンが終わると、引退試合(予定)となる七大戦まで一直線。
学部の方でも目標ができ、部活に行く頻度は少し下がってしまうかとは思いますが、どうか悔いのない部活動を全うしたいと思います。

なんだか思ったよりも長くなってしまいましたが、この辺で日記を終わりにします。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。