2025.09.21(日)13:04
貫徹
JUGEMブログで開く9月中に出すと言った通り、引退ブログを出した白石です。
多分同期のみんなは卒論やらなんやらで忙しくした後、春部報が作られるまでのどこかで出してくれるだろうと思っています。
タイトルは、自分の部活生活の表題をつけるのに一番ふさわしいと思った二字熟語を選定しました。二字熟語なのは数日前に読んだ同クラの引退ブログの影響を多分に受けています。ミーハーです、はい。
引退ブログを書くにあたり、先輩方の引退ブログを一通り漁ったりしてみたのですが、人によって結構個性が出ていて、書きたいことを書いている印象を受けました。なので、僕も引退してからちょっと経って色々考えたりしたこととかを書こうと思います。
1. 何よりもまず伝えたい感謝の気持ち
まずは、何よりも先に感謝の念が尽きませんね。
僕が入部してからずっと見守っていただき、ときには導いてくれた先輩方、最後まで一緒に練習して応援してくれた後輩のみんな、人手が足りない時のお手伝いや普段の練習でのアドバイスなど様々な場でお世話になったOB・OGの皆様、ずっと横で補助していただいた福田さん、最後まで一緒に駆け抜けた同期のみんな、3年と3ヶ月間体操部にいる選択をした自分を陰で応援してくれた両親、その他体操部にいた間に関わった皆様に改めて心の底から感謝申し上げます。
僕が、こうして入部してから3年と3ヶ月もの間、慣れない運動部とかいう得体の知れない団体に所属し続け、晴れやかな笑顔で幕を引けたのは全ての皆様のおかげです。100人を優に超える人数と様々と一口では表しきれないくらい色々なことがあった39ヶ月でしたが、終わった後に「体操部に入って、3年と3ヶ月もの間ずっと所属し続けて、よかった」と思えたことは長いようで短い大学生活の中で得られたものの一つで、今後とても大事にしたいと思えるものです。本当に、本当に、ありがとうございました。
様々な面でご迷惑をおかけしたかと思いますが、これからも暖かく見守っていただけるととても幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。
これだけ言葉を連ねても何一つ書き足りてないのですが、「ありがとう」と「ごめんなさい」だけで相当量書けてしまうし、あまりに冗長になってしまうので、ブログの場では細かく言及するのは止めておきます。(じゃあ話せるのかというとそれはまた別の話…)
2. 「体操」と「体操部」
体操部に所属していた間、何回か先輩方も引退ブログや追いコンで言及されている「体操」と「体操部」の違いについて、結構自分は考えることがありました。
「自分は体操が好きなのだろうか」
「自分は今なぜ体操部に行くために歩いているのか」
「自分は今なぜ体操部の練習に来て参加しているのだろうか」
「自分はなぜまだ体操部に所属しているのだろうか」
これらの問いは、体操部に所属していた3年と3ヶ月の間、相当な回数考えた問いです。
いざ部を卒業して、自分の3年3ヶ月を振り返ると、ある程度の結論は出せたと思っています。
・自分は「体操」はなんだかんだ言いつつも嫌いになることはなかった
・「体操部」から逃げたくなったことはある
・「体操部」自体を嫌いだと思ったこともある
「体操」については、最初は今までやったことのないことをやるという新鮮さで、そのうち自分で考えて自分を修正して自分を客観視して自分を再修正してというループが気に入って、怪我して何もできなくてつまらなかったことはあれど、「体操」自体を嫌いになったことはなかったのかなと思っています。正直、体操部引退したら絶対練習とか行く気が起きないし行かないだろうと思っていました。でも、いざ引退してみると思ったより行きたくないという感情はなくて、練習に行ってもいいなと思えている自分がいます。なので、「体操」は他の週5で練習に来てさらに外部練習にまで行くようなすごく熱心な人たちと比べてモチベーションはそこまで高くなかったかもしれないけど、好きではあったんだろうなと思っています。
一方で、「体操部」については、正直自分の中で好きなのか嫌いなのかはっきりわかっていません。色々あった中で、「体操部」という特定の人、特定の場所、特定の時間の要素を持つ雰囲気と空間から逃げ出したくなることはありました。練習に行きたくないけど行かないといけない、みたいな禅問答を繰り返して頭痛くなったり、あまりにいたたまれなくなってトイレに駆け込んで深呼吸してメンタルを整えたり、まあそんなこともありました。
僕は、「体操部」の中では正直異質な存在だと思っています。怪我に対する感覚の違いは特にですが、少なからず価値観の違いを感じる場面はありました。笑いのセンスだったり会話の流れだったりが周りと噛み合わず、一人で反省会をしたり後から落ち込んだりすることもありました。集団に馴染めている感じはあまりしなくて、人がいっぱいいる種目は無意識に避けたり、人があまりいないミニトラ・円馬・バケツとかに結構こもってました。改めて考えると、多分そういうところで人がいるところを避けてること自体が、余計集団とは馴染めなくなっていった原因なのかななどと思ったりしています。別に特別誰かと仲が悪くなったりとか、集団でハブられるとか、そういうことは多分なかったと思いますが、いまいち話のテンションが噛み合わなかったり、周りが僕に合わせてくれているなと感じることは少なからずありました。一時期、「体操部」内で自分が孤立状態であると思い込んでいた時期がありますが、こういった部分も無視はできない程度に影響があったのかなと思います。
ただ、個人的な好き嫌いは一旦さておき、「体操部」という組織は、部活としてはおそらくかなり異色です。
僕が想像していた「部活」は、それこそ時々掃除してる時に隣で発生してる感じの空気で、練習は毎日あるし、かなり上下関係も厳しくて、修行僧みたいな感じになると思ってました。
でも、体操部の新歓で来た時に、週3でいいよ、4時間だけ、朝練なしと言われて。部活の空気もかなり緩そうで。正直「部活なんてものを4年間も続けられるんだろうか」と思っていた当時の僕からすると、かなり前向きに考えられる要素が揃っていました。
多分、他の部活の話とかを聞いてると、かなり「部活」としては「体操部」は異色で、でもその異色さにきっと僕は救われていたんだろうと思います。某先輩の言葉を借りるようで申し訳ないですが、この独特な緩さを持ったコミュニティをどうかそのまま継承していって欲しいと思っています。
3. 人間関係というわけのわからないもの
高校1年生の年度末にコロナが広がり始めて、それ以降高校時代全般、ネット上での文面のやり取りの回数がかなり増えました。
高校同期の仲良い人も、基本的には当時のTwitterで仲良かった人が大半です。
だからなのかはわかりませんが、自分はすっかりこの6-7年間でネット上の付き合いに慣れてしまいました。
ネットという場所は本当に異質で、縁を切りたくなったら一瞬で切れるし、気に入らないコミュニティから脱退しても似たようなコミュニティがすぐ見つかります。はっきり言っておかしいです。
自分は、体操部っていうコミュニティに3年と3ヶ月、所属「し続け」ました。これはネット上ではなかなか起こり得ないことで、特にコミュニティから抜けたいって思ったことがあるとなるとほぼあり得ないレベルです。でもだからこそ、実際の現実社会で今後作っていく必要がきっとある、「どれだけ嫌でも、どれだけ所属したくなくても、どれだけ顔を見たくなくても、明日、来週、来月とずっと会う相手との関係改善・修復方法」というものをある程度学ぶことができました。
人間誰でも頑張っていれば過ちは犯します。でも、その過ちを悔いて、周囲に謝罪して、その過ちを繰り返さないように自分にできることを精一杯頑張る。人間なんてできることはそれくらいです。そうすると、たとえ元通りになることはなくても、自分の居場所が完全になくなることはない。だって、相手もずっと付き合う相手を憎み続けるなんて、疲れるし難しいから。
まあもちろん、例外がいることは否定しません。人間誰一人として一緒ではないので、様々な人間が世の中にはいます。そりゃ、何百人も知り合いがいれば、自分とそりが合わない人の一人や二人、出てくるでしょう。そういう人との付き合い方も、この3年と3ヶ月で学べたことの一つです。
きっとこれからも、自分は人付き合いがそこまで得意じゃないので、色々苦戦しながら人生を生きていくんだと思います。
試行錯誤の中から、今回体操部で得たように、経験値を積んでいきたいなと思った限りです。
4.一つの終わりは新たな始まり
先日、僕は東大体操部を卒業し、引退しました。
そしてもうすぐ、新たに異国へと出発します。
この留学も、結構学科の教授たちを振り回す形になってしまっていて、少し申し訳なさもあるのですが、だからこそ、やれることは全部やり切って、帰ってきた時に笑えてるといいなと思っています。
全てが初めてで、直前になって不安が増大していますが、「人事を尽くして天命を待つ」をモットーに頑張っていこうと思います。
終わる前に一個だけ。
留学する際に新しくインスタのアカウント作ったんですけど、阪大の同期はフォロー申請くれたのに東大の部員は誰も申請してくれなくて悲しいのでそろそろ宣伝します。本名で検索するか体操垢のプロフに貼ってあるのでぜひ申請してください。(会ったことある人に限ります)
また会える日を楽しみにしています。
2025年9月21日
白石一圭
多分同期のみんなは卒論やらなんやらで忙しくした後、春部報が作られるまでのどこかで出してくれるだろうと思っています。
タイトルは、自分の部活生活の表題をつけるのに一番ふさわしいと思った二字熟語を選定しました。二字熟語なのは数日前に読んだ同クラの引退ブログの影響を多分に受けています。ミーハーです、はい。
引退ブログを書くにあたり、先輩方の引退ブログを一通り漁ったりしてみたのですが、人によって結構個性が出ていて、書きたいことを書いている印象を受けました。なので、僕も引退してからちょっと経って色々考えたりしたこととかを書こうと思います。
1. 何よりもまず伝えたい感謝の気持ち
まずは、何よりも先に感謝の念が尽きませんね。
僕が入部してからずっと見守っていただき、ときには導いてくれた先輩方、最後まで一緒に練習して応援してくれた後輩のみんな、人手が足りない時のお手伝いや普段の練習でのアドバイスなど様々な場でお世話になったOB・OGの皆様、ずっと横で補助していただいた福田さん、最後まで一緒に駆け抜けた同期のみんな、3年と3ヶ月間体操部にいる選択をした自分を陰で応援してくれた両親、その他体操部にいた間に関わった皆様に改めて心の底から感謝申し上げます。
僕が、こうして入部してから3年と3ヶ月もの間、慣れない運動部とかいう得体の知れない団体に所属し続け、晴れやかな笑顔で幕を引けたのは全ての皆様のおかげです。100人を優に超える人数と様々と一口では表しきれないくらい色々なことがあった39ヶ月でしたが、終わった後に「体操部に入って、3年と3ヶ月もの間ずっと所属し続けて、よかった」と思えたことは長いようで短い大学生活の中で得られたものの一つで、今後とても大事にしたいと思えるものです。本当に、本当に、ありがとうございました。
様々な面でご迷惑をおかけしたかと思いますが、これからも暖かく見守っていただけるととても幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。
これだけ言葉を連ねても何一つ書き足りてないのですが、「ありがとう」と「ごめんなさい」だけで相当量書けてしまうし、あまりに冗長になってしまうので、ブログの場では細かく言及するのは止めておきます。(じゃあ話せるのかというとそれはまた別の話…)
2. 「体操」と「体操部」
体操部に所属していた間、何回か先輩方も引退ブログや追いコンで言及されている「体操」と「体操部」の違いについて、結構自分は考えることがありました。
「自分は体操が好きなのだろうか」
「自分は今なぜ体操部に行くために歩いているのか」
「自分は今なぜ体操部の練習に来て参加しているのだろうか」
「自分はなぜまだ体操部に所属しているのだろうか」
これらの問いは、体操部に所属していた3年と3ヶ月の間、相当な回数考えた問いです。
いざ部を卒業して、自分の3年3ヶ月を振り返ると、ある程度の結論は出せたと思っています。
・自分は「体操」はなんだかんだ言いつつも嫌いになることはなかった
・「体操部」から逃げたくなったことはある
・「体操部」自体を嫌いだと思ったこともある
「体操」については、最初は今までやったことのないことをやるという新鮮さで、そのうち自分で考えて自分を修正して自分を客観視して自分を再修正してというループが気に入って、怪我して何もできなくてつまらなかったことはあれど、「体操」自体を嫌いになったことはなかったのかなと思っています。正直、体操部引退したら絶対練習とか行く気が起きないし行かないだろうと思っていました。でも、いざ引退してみると思ったより行きたくないという感情はなくて、練習に行ってもいいなと思えている自分がいます。なので、「体操」は他の週5で練習に来てさらに外部練習にまで行くようなすごく熱心な人たちと比べてモチベーションはそこまで高くなかったかもしれないけど、好きではあったんだろうなと思っています。
一方で、「体操部」については、正直自分の中で好きなのか嫌いなのかはっきりわかっていません。色々あった中で、「体操部」という特定の人、特定の場所、特定の時間の要素を持つ雰囲気と空間から逃げ出したくなることはありました。練習に行きたくないけど行かないといけない、みたいな禅問答を繰り返して頭痛くなったり、あまりにいたたまれなくなってトイレに駆け込んで深呼吸してメンタルを整えたり、まあそんなこともありました。
僕は、「体操部」の中では正直異質な存在だと思っています。怪我に対する感覚の違いは特にですが、少なからず価値観の違いを感じる場面はありました。笑いのセンスだったり会話の流れだったりが周りと噛み合わず、一人で反省会をしたり後から落ち込んだりすることもありました。集団に馴染めている感じはあまりしなくて、人がいっぱいいる種目は無意識に避けたり、人があまりいないミニトラ・円馬・バケツとかに結構こもってました。改めて考えると、多分そういうところで人がいるところを避けてること自体が、余計集団とは馴染めなくなっていった原因なのかななどと思ったりしています。別に特別誰かと仲が悪くなったりとか、集団でハブられるとか、そういうことは多分なかったと思いますが、いまいち話のテンションが噛み合わなかったり、周りが僕に合わせてくれているなと感じることは少なからずありました。一時期、「体操部」内で自分が孤立状態であると思い込んでいた時期がありますが、こういった部分も無視はできない程度に影響があったのかなと思います。
ただ、個人的な好き嫌いは一旦さておき、「体操部」という組織は、部活としてはおそらくかなり異色です。
僕が想像していた「部活」は、それこそ時々掃除してる時に隣で発生してる感じの空気で、練習は毎日あるし、かなり上下関係も厳しくて、修行僧みたいな感じになると思ってました。
でも、体操部の新歓で来た時に、週3でいいよ、4時間だけ、朝練なしと言われて。部活の空気もかなり緩そうで。正直「部活なんてものを4年間も続けられるんだろうか」と思っていた当時の僕からすると、かなり前向きに考えられる要素が揃っていました。
多分、他の部活の話とかを聞いてると、かなり「部活」としては「体操部」は異色で、でもその異色さにきっと僕は救われていたんだろうと思います。某先輩の言葉を借りるようで申し訳ないですが、この独特な緩さを持ったコミュニティをどうかそのまま継承していって欲しいと思っています。
3. 人間関係というわけのわからないもの
高校1年生の年度末にコロナが広がり始めて、それ以降高校時代全般、ネット上での文面のやり取りの回数がかなり増えました。
高校同期の仲良い人も、基本的には当時のTwitterで仲良かった人が大半です。
だからなのかはわかりませんが、自分はすっかりこの6-7年間でネット上の付き合いに慣れてしまいました。
ネットという場所は本当に異質で、縁を切りたくなったら一瞬で切れるし、気に入らないコミュニティから脱退しても似たようなコミュニティがすぐ見つかります。はっきり言っておかしいです。
自分は、体操部っていうコミュニティに3年と3ヶ月、所属「し続け」ました。これはネット上ではなかなか起こり得ないことで、特にコミュニティから抜けたいって思ったことがあるとなるとほぼあり得ないレベルです。でもだからこそ、実際の現実社会で今後作っていく必要がきっとある、「どれだけ嫌でも、どれだけ所属したくなくても、どれだけ顔を見たくなくても、明日、来週、来月とずっと会う相手との関係改善・修復方法」というものをある程度学ぶことができました。
人間誰でも頑張っていれば過ちは犯します。でも、その過ちを悔いて、周囲に謝罪して、その過ちを繰り返さないように自分にできることを精一杯頑張る。人間なんてできることはそれくらいです。そうすると、たとえ元通りになることはなくても、自分の居場所が完全になくなることはない。だって、相手もずっと付き合う相手を憎み続けるなんて、疲れるし難しいから。
まあもちろん、例外がいることは否定しません。人間誰一人として一緒ではないので、様々な人間が世の中にはいます。そりゃ、何百人も知り合いがいれば、自分とそりが合わない人の一人や二人、出てくるでしょう。そういう人との付き合い方も、この3年と3ヶ月で学べたことの一つです。
きっとこれからも、自分は人付き合いがそこまで得意じゃないので、色々苦戦しながら人生を生きていくんだと思います。
試行錯誤の中から、今回体操部で得たように、経験値を積んでいきたいなと思った限りです。
4.一つの終わりは新たな始まり
先日、僕は東大体操部を卒業し、引退しました。
そしてもうすぐ、新たに異国へと出発します。
この留学も、結構学科の教授たちを振り回す形になってしまっていて、少し申し訳なさもあるのですが、だからこそ、やれることは全部やり切って、帰ってきた時に笑えてるといいなと思っています。
全てが初めてで、直前になって不安が増大していますが、「人事を尽くして天命を待つ」をモットーに頑張っていこうと思います。
終わる前に一個だけ。
留学する際に新しくインスタのアカウント作ったんですけど、阪大の同期はフォロー申請くれたのに東大の部員は誰も申請してくれなくて悲しいのでそろそろ宣伝します。本名で検索するか体操垢のプロフに貼ってあるのでぜひ申請してください。(会ったことある人に限ります)
また会える日を楽しみにしています。
2025年9月21日
白石一圭