2024.09.04(水)23:36
慚愧の極み
JUGEMブログで開くこの気持ちをどこかに放出したい思いを抑え切れずに、割り込み投稿をしてます。
いっけーが割り込み投稿してる?!?!と思ったそこのあなた、正解です。
したことなかったし、する日が来るとも思ってませんでした。
でも、そのくらい書きたかった、言いたかった、言えなかった、そんなことがありました。
今日は七大戦最終日。
今は帰りの電車の中で一人です。
ついさっき、終電に間に合わなくなりそうで本当に本当に本当に仕方なく、途中退出を断腸の思いでしました。
現役時代に3回送り出す側として経験する引退式、その最後となる一番身近な先輩の引退式を、早退せざるを得なくて本当に慚愧の極みとしか言いようがありません…
ただでさえ時間の都合で短くなってしまった引退式。
言いたかったことも言えなくなってしまって、せめて先輩が最後に残す言葉くらいは、聞き届けたかったのに…
などと電車の中でめちゃめちゃ悶々しながら泣きそうになって書いてます。
もっと凛さんのことが知りたかった。
もっと百花さんに打ち明けたかった。
もっと颯子さんと笑い合いたかった。
もっと智香子さんと話したかった。
もっと允佑さんと一緒にいたかった。
もっと海智さんと向き合いたかった。
今の4年生の卒業については、本当に心残りしかなくて、もっとあれしたかった、これしたかった、が際限なく今出てきています…
いざ幹部代になるんだという実感が徐々に出てくるにつれて、どんどん出てくる不安と恐怖心は拭い切れず、どこまでも先輩っていう存在の偉大さを思い知るばかりの最近です。
正直な話をすると、部活っていう熱意のある人が本来集まるはずの集団に、自分は所属するべきではないと個人としては自分をのことを評価していて、実際今の4年生も、1年前の4年生もかなりこのせいで迷惑をかけたと思っています。
でも、すぐどっか怪我したり、授業伸びたりとかで練習態度悪くても、誰一人して八つ当たりをされたことはなかったし、たとえ内心どう思っていようとも、少なくとも僕の前ではとても気を遣ってくれていた、とそう感じています。
自分とは違う価値観を持つ人と関わることは、本当に難しい。
これは、僕が部活に入ってから常々感じていることです。
本当に正直な話、元々体操部に入ったのは社会体験が半分以上は目的と言わざるを得ず、練習量も多くなければ特段飲み込みが早いわけでもない、まあはっきり言ってできないやつの卵みたいなやつです。
そんな僕が、今まで体操部を辞めずに続けられたのは、確実に先輩方の配慮がきちんとできていたからというのも1つだと思います。
少し話を変えます。
昨日、僕は個人戦に選手として出場して、ゆかで右足首を負傷。あん馬は気合いでなんとかしたものの、吊り輪と跳馬は結局出場を見送りました。
気づいてた人は気づいてたかもしれませんが、吊り輪と跳馬の待機時間中、泣くのを堪えつつ時々堪え切れずにリストバンドで涙を拭くっていうことをしてました。
そのあと、ホテルの部屋に帰ってからも空元気しか出なくて、布団は涙で濡らしましたし、結局足を挙上しながら冷やして地面に転がってたら泣き疲れて寝ちゃいました。
なんで、手首痛くなってあん馬平行棒の練習を諦めて、シンスプが悪化して跳馬ゆかも練習やめて、吊り輪と鉄棒やっとやる気出し始めて、我慢してた分大会は無茶してでも全種目出るだけ出ようと頑張って、結局怪我して出れなくなってるんだろう、そんな風にずっと頭の中でぐるぐるしてました。
元々メンタルが若干今死んでるのもあって、体操モチベぶっちゃけかなり低かったし、そこだけみたら出れなくなったことにここまで自分が固執するとは思ってなくて、内心驚きつつも、今はただ後悔と悔恨の気持ちが強いです。
来年は、絶対に全種目健康体で出場して、泣き笑いを浮かべながら引退します。
4年生が引退したばかりでこんな話しちゃって、なんか場違いな気もするし、色々とタイミングが終わってる気もするんですけど、今しかこんなブログ書けないので書きます。
みなさん知っての通り、僕は口が下手で、文章の方が正直な気持ちを書ける方です。
多分根本的に人と会話するのが苦手で、直そうとしつつもあまり効果は出てない、そんな感じだと勝手に思ってます。
なので、まあこのブログと、寄せ書きに言いたいことは基本全て書きました。
でも、やっぱり足りない。
せめて、お互い泣きながら握手するくらいは、全員としたかった。
4年生のみなさんへ
こんな形でお別れとか、絶対僕が許せないので、可愛くないかもしれませんが、後輩のためだと思って、絶対僕がいる時に部活に1回は来てください。
わがままな後輩でごめんなさい。
でも多分、人生で先輩にこんなお願いをするのはきっと最後なので、どうかお願いします。
遅れましたし、直接は言えませんでしたが、卒部おめでとうございます。
いつかまた会うその日を、楽しみに待っています。
東大体操部3年 白石一圭
いっけーが割り込み投稿してる?!?!と思ったそこのあなた、正解です。
したことなかったし、する日が来るとも思ってませんでした。
でも、そのくらい書きたかった、言いたかった、言えなかった、そんなことがありました。
今日は七大戦最終日。
今は帰りの電車の中で一人です。
ついさっき、終電に間に合わなくなりそうで本当に本当に本当に仕方なく、途中退出を断腸の思いでしました。
現役時代に3回送り出す側として経験する引退式、その最後となる一番身近な先輩の引退式を、早退せざるを得なくて本当に慚愧の極みとしか言いようがありません…
ただでさえ時間の都合で短くなってしまった引退式。
言いたかったことも言えなくなってしまって、せめて先輩が最後に残す言葉くらいは、聞き届けたかったのに…
などと電車の中でめちゃめちゃ悶々しながら泣きそうになって書いてます。
もっと凛さんのことが知りたかった。
もっと百花さんに打ち明けたかった。
もっと颯子さんと笑い合いたかった。
もっと智香子さんと話したかった。
もっと允佑さんと一緒にいたかった。
もっと海智さんと向き合いたかった。
今の4年生の卒業については、本当に心残りしかなくて、もっとあれしたかった、これしたかった、が際限なく今出てきています…
いざ幹部代になるんだという実感が徐々に出てくるにつれて、どんどん出てくる不安と恐怖心は拭い切れず、どこまでも先輩っていう存在の偉大さを思い知るばかりの最近です。
正直な話をすると、部活っていう熱意のある人が本来集まるはずの集団に、自分は所属するべきではないと個人としては自分をのことを評価していて、実際今の4年生も、1年前の4年生もかなりこのせいで迷惑をかけたと思っています。
でも、すぐどっか怪我したり、授業伸びたりとかで練習態度悪くても、誰一人して八つ当たりをされたことはなかったし、たとえ内心どう思っていようとも、少なくとも僕の前ではとても気を遣ってくれていた、とそう感じています。
自分とは違う価値観を持つ人と関わることは、本当に難しい。
これは、僕が部活に入ってから常々感じていることです。
本当に正直な話、元々体操部に入ったのは社会体験が半分以上は目的と言わざるを得ず、練習量も多くなければ特段飲み込みが早いわけでもない、まあはっきり言ってできないやつの卵みたいなやつです。
そんな僕が、今まで体操部を辞めずに続けられたのは、確実に先輩方の配慮がきちんとできていたからというのも1つだと思います。
少し話を変えます。
昨日、僕は個人戦に選手として出場して、ゆかで右足首を負傷。あん馬は気合いでなんとかしたものの、吊り輪と跳馬は結局出場を見送りました。
気づいてた人は気づいてたかもしれませんが、吊り輪と跳馬の待機時間中、泣くのを堪えつつ時々堪え切れずにリストバンドで涙を拭くっていうことをしてました。
そのあと、ホテルの部屋に帰ってからも空元気しか出なくて、布団は涙で濡らしましたし、結局足を挙上しながら冷やして地面に転がってたら泣き疲れて寝ちゃいました。
なんで、手首痛くなってあん馬平行棒の練習を諦めて、シンスプが悪化して跳馬ゆかも練習やめて、吊り輪と鉄棒やっとやる気出し始めて、我慢してた分大会は無茶してでも全種目出るだけ出ようと頑張って、結局怪我して出れなくなってるんだろう、そんな風にずっと頭の中でぐるぐるしてました。
元々メンタルが若干今死んでるのもあって、体操モチベぶっちゃけかなり低かったし、そこだけみたら出れなくなったことにここまで自分が固執するとは思ってなくて、内心驚きつつも、今はただ後悔と悔恨の気持ちが強いです。
来年は、絶対に全種目健康体で出場して、泣き笑いを浮かべながら引退します。
4年生が引退したばかりでこんな話しちゃって、なんか場違いな気もするし、色々とタイミングが終わってる気もするんですけど、今しかこんなブログ書けないので書きます。
みなさん知っての通り、僕は口が下手で、文章の方が正直な気持ちを書ける方です。
多分根本的に人と会話するのが苦手で、直そうとしつつもあまり効果は出てない、そんな感じだと勝手に思ってます。
なので、まあこのブログと、寄せ書きに言いたいことは基本全て書きました。
でも、やっぱり足りない。
せめて、お互い泣きながら握手するくらいは、全員としたかった。
4年生のみなさんへ
こんな形でお別れとか、絶対僕が許せないので、可愛くないかもしれませんが、後輩のためだと思って、絶対僕がいる時に部活に1回は来てください。
わがままな後輩でごめんなさい。
でも多分、人生で先輩にこんなお願いをするのはきっと最後なので、どうかお願いします。
遅れましたし、直接は言えませんでしたが、卒部おめでとうございます。
いつかまた会うその日を、楽しみに待っています。
東大体操部3年 白石一圭