2024.04.19(金)14:31
0.01
JUGEMブログで開くこんにちは。4年になってしまったかいちです。
ただすけがやる気を出していて嬉しいです。ついにただすけ専用ブログリマインくんの任務から解放されたと思うと、目頭が熱くなる思いです。
そんなことはさておき、今回は僕の怒涛の研究室振り分けについてお話ししたいと思います。長いですがどうぞお付き合いください。
……時は遡ること1年と半年、当時2Aの始まった僕はまさしく怠惰の権化でした。進振りの終焉とともに0点参入の概念も葬り去った私は、「とりあえず取るだけ取ってきつかったら落としても良い」という考え方になっていました。
部活モチベはかなり高かった記憶がありますが、気づけば2限にも出られない体になってしまい、午後に入っていた必修にはかろうじて行くほどの体たらく。
出席課題だけ出せば単位がもらえる楽単の単位取得すら諦めた私はまさしく無敵でした。試験?レポート?かかってこい。全部落としてやる。そんな気持ちで挑んだ期末試験は受かるはずもなく、セメスターを通じて取得した優は、前期課程のやる気の残り香から生じたA1ターム制の1単位のみでした。
そして3Sに入り、不穏な空気が流れ始めます。学科の研究室配属先に柏キャンパスの研究室があることが発覚したのです。
ただすけも嘆いていましたが、柏キャンパスに通いながら部活に行くのは現実的に考えて不可能です。
それが発覚してから、学科の同期たちは「柏は嫌だ、柏は嫌だ」と組分け帽子に懇願するハリーのような面持ちで静かに勉強し始めました。この頃から、うちの学科は程よく仲良く、しかし柏送りが誰になるのか心の奥底では探り合っていると言う一線を引いた関係になってしまっていました。
かく言う僕は何をしていたかというと、部活に明け暮れていました。「部活勢はGPAの優遇くれよ!😆」とか言いつつ、どうせ柏には行かないだろうと言う慢心から新歓、試合などをこなしているとまたしても2限を寝過ごし続けており、落とした単位は7単位。取った優の数はちょっと授業が面白くてレポートをちゃんと書いた授業と、楽単すぎて履修したかも覚えていない授業の4単位でした。
ここで研究室決めのシステムについて話さなければいけませんね。研究室決めは、「希望研究室が被った場合は話し合い、それでも決まらなければ成績順」と言う仕組みとなっています。
しかしこれは建前で、実際には成績の良い人が大きな声で志望研究室を主張し、その人に成績が勝ってない人は忖度して第2志望に入っていくので最終的にはほぼ成績順で決まります。
僕のコースの人数は18人、それに対して柏キャンパスの配属人数は昨年度は2人と聞いていたので、下2人に入らなければ回避できる状況でした。
そんなん余裕やんけと思いましたよね。僕も思っていました。なぜなら僕より成績の悪そうな人が2人いたからです。なお、下から3番目じゃねえかというツッコミは一切受け付けておりませんのでご了承ください。
そのような状況で3Aに突入し、事件が発覚しました。
先ほど述べた2人のうち1人が僕より全然成績が良かったことが判明したのです。彼女はラグビー部のマネージャーで全く授業に出ていなかったことからたかを括っていましたが、やはり東大生は侮れないものですね。
ここで、僕にはその2人以外に越せそうな人がいなかったため、3Aは死に物狂いで勉強しなければいけないことが発覚しました。
そこに立ちはだかったのは霜月杯。僕の自由時間と睡眠時間を悉く奪っていきます。それに乗じて勉強のやる気も下落していき、出席だけの1限、2限の授業は行かなくなっていました(学べ)。
実験も忙しく、霜月が終わってからもやる気が出せないまま試験期間に突入しました。
正直、今までと同じく試験期間に頑張れずに落単しまくる世界線に全然いけました。しかし、僕は研究室決めと同じく卒業単位数も危うい状況でした。そのため、レポートを頑張って出し(当たり前)、面白い授業の勉強は頑張りました(他もやれ)。
結果、優は4単位、良を量産し最終GPAは3.3という結果で研究室決めに挑むことになりました。
成績が発表された直後、某ラグビー部マネに成績を確認しました。
敗 北
その瞬間、僕の柏送りが決定しました。せっかく本郷近いのに。部活行かなきゃなのに。
その中で僕の頭に浮かんだ選択肢は「休学」でした。
こんな形の挫折があって良いものでしょうか。僕は、「頑張ればできたのに頑張れなかった」という事象に対してかなり自信を失う人なので虚無感に駆られていました。
休学すれば卒論書かなくていいし、院試も来年で良いし、部活に集中できそうと言って自分を騙そうとしましたが、やはり嫌なものは嫌ですね。できるならストレートで卒業したい。自分だけ卒業式に私服で登場は嫌だ。
そんな気持ちでどうにか本郷に残留出来ないか模索していましたが、現実は残酷。4Sがはじまり、研究室の配属人数が公表されました。
柏:3人
謎の増加。僕とラグビー部マネはいらない戦いをしていたようでした。本当にわんちゃんも無くなりました。
研究室決めに向けて着実にアンケートも進んでいきます。
結果を見てみると「行きたくない研究室」でダントツ飛び抜けているのは言うまでもなく柏。
詰みか
そんな気持ちでいた中開かれた4年生と全研究室の教授・先輩で行われた懇親会。もはや僕には本郷の研究室の先生に何かを聞く気にもなれませんでした。自分には資格がない。教授の方から何か質問をされても真っ先に浮かぶのは「まあ僕は成績悪いので」の一言。
…恐る恐る柏の教授に聞いてみました。
「あの…今部活に入っていて柏キャンパスに通うとなると部活に行くのが厳しいのですが、本郷で実験は可能ですか…」
「いやあ、それは厳しいね!!」
完 敗
2回目の調査アンケートが配布されました。内容は自分のGPAと志望研究室。
それまで成績を探り合っていた我々ですが、遂にその箱が開かれる時が来ました。
ため息をつきながら3.3を入力し、志望研究室には一応本郷の研究室の中で興味があるものを選びました。
1週間後、調査結果が発表されました。
LINEで配布されてから真っ先に開き、成績の欄を確認しました。
ランダムに並んだ数字から3.3未満の数字を血眼で探します。
………2.7………………
3.1………………………
僕の下にはどうやら2人いたようです。しかしそれでも下から3番目。柏の枠は3。僕の一つ上は3.4でした。
あと2授業頑張っていれば回避していました。
…こんな形で休学するのか
挫折というのは後から考えたら良い経験だったと言えるかもしれないがその時点ではとてもしんどいことは言うに及ばず。うなだれて帰宅しました。
結果発表から数日後、仲のいい5人で演習後に駄弁っていました。彼らは成績も良く、行きたい研究室に行けそうな様子でした。
A「……かいちはどうだったん?」
……あぁ
俺「下から3番目だったわ」
B「え、まじか!0.01差じゃんくそ惜しいやんけ」
……なに言ってんだ。ちゃんと見ろよ。
俺「0.1差やで。あと2授業優とんのはまあ厳しいわ」
B「え??3.29でしょ?」
………3.29?
俺「え、3.29て何。俺3.3だったんだけど」
一同「いや3.29いたやん笑。したらお前下から4番目じゃね笑」
即座にもう一度アンケートを確認しました。ど真ん中に確かにありました。諦め半分で見ていたから見逃していたのでしょうか。
兎にも角にも、面食らいつつ僕の本郷残留が確定しました。
以上、現場からでした。
後輩の皆さんはこんなことで精神衛生を乱さないよう、真面目に頑張りましょう。
かいち
ただすけがやる気を出していて嬉しいです。ついにただすけ専用ブログリマインくんの任務から解放されたと思うと、目頭が熱くなる思いです。
そんなことはさておき、今回は僕の怒涛の研究室振り分けについてお話ししたいと思います。長いですがどうぞお付き合いください。
……時は遡ること1年と半年、当時2Aの始まった僕はまさしく怠惰の権化でした。進振りの終焉とともに0点参入の概念も葬り去った私は、「とりあえず取るだけ取ってきつかったら落としても良い」という考え方になっていました。
部活モチベはかなり高かった記憶がありますが、気づけば2限にも出られない体になってしまい、午後に入っていた必修にはかろうじて行くほどの体たらく。
出席課題だけ出せば単位がもらえる楽単の単位取得すら諦めた私はまさしく無敵でした。試験?レポート?かかってこい。全部落としてやる。そんな気持ちで挑んだ期末試験は受かるはずもなく、セメスターを通じて取得した優は、前期課程のやる気の残り香から生じたA1ターム制の1単位のみでした。
そして3Sに入り、不穏な空気が流れ始めます。学科の研究室配属先に柏キャンパスの研究室があることが発覚したのです。
ただすけも嘆いていましたが、柏キャンパスに通いながら部活に行くのは現実的に考えて不可能です。
それが発覚してから、学科の同期たちは「柏は嫌だ、柏は嫌だ」と組分け帽子に懇願するハリーのような面持ちで静かに勉強し始めました。この頃から、うちの学科は程よく仲良く、しかし柏送りが誰になるのか心の奥底では探り合っていると言う一線を引いた関係になってしまっていました。
かく言う僕は何をしていたかというと、部活に明け暮れていました。「部活勢はGPAの優遇くれよ!😆」とか言いつつ、どうせ柏には行かないだろうと言う慢心から新歓、試合などをこなしているとまたしても2限を寝過ごし続けており、落とした単位は7単位。取った優の数はちょっと授業が面白くてレポートをちゃんと書いた授業と、楽単すぎて履修したかも覚えていない授業の4単位でした。
ここで研究室決めのシステムについて話さなければいけませんね。研究室決めは、「希望研究室が被った場合は話し合い、それでも決まらなければ成績順」と言う仕組みとなっています。
しかしこれは建前で、実際には成績の良い人が大きな声で志望研究室を主張し、その人に成績が勝ってない人は忖度して第2志望に入っていくので最終的にはほぼ成績順で決まります。
僕のコースの人数は18人、それに対して柏キャンパスの配属人数は昨年度は2人と聞いていたので、下2人に入らなければ回避できる状況でした。
そんなん余裕やんけと思いましたよね。僕も思っていました。なぜなら僕より成績の悪そうな人が2人いたからです。
そのような状況で3Aに突入し、事件が発覚しました。
先ほど述べた2人のうち1人が僕より全然成績が良かったことが判明したのです。彼女はラグビー部のマネージャーで全く授業に出ていなかったことからたかを括っていましたが、やはり東大生は侮れないものですね。
ここで、僕にはその2人以外に越せそうな人がいなかったため、3Aは死に物狂いで勉強しなければいけないことが発覚しました。
そこに立ちはだかったのは霜月杯。僕の自由時間と睡眠時間を悉く奪っていきます。それに乗じて勉強のやる気も下落していき、出席だけの1限、2限の授業は行かなくなっていました(学べ)。
実験も忙しく、霜月が終わってからもやる気が出せないまま試験期間に突入しました。
正直、今までと同じく試験期間に頑張れずに落単しまくる世界線に全然いけました。しかし、僕は研究室決めと同じく卒業単位数も危うい状況でした。そのため、レポートを頑張って出し(当たり前)、面白い授業の勉強は頑張りました(他もやれ)。
結果、優は4単位、良を量産し最終GPAは3.3という結果で研究室決めに挑むことになりました。
成績が発表された直後、某ラグビー部マネに成績を確認しました。
敗 北
その瞬間、僕の柏送りが決定しました。せっかく本郷近いのに。部活行かなきゃなのに。
その中で僕の頭に浮かんだ選択肢は「休学」でした。
こんな形の挫折があって良いものでしょうか。僕は、「頑張ればできたのに頑張れなかった」という事象に対してかなり自信を失う人なので虚無感に駆られていました。
休学すれば卒論書かなくていいし、院試も来年で良いし、部活に集中できそうと言って自分を騙そうとしましたが、やはり嫌なものは嫌ですね。できるならストレートで卒業したい。自分だけ卒業式に私服で登場は嫌だ。
そんな気持ちでどうにか本郷に残留出来ないか模索していましたが、現実は残酷。4Sがはじまり、研究室の配属人数が公表されました。
柏:3人
謎の増加。僕とラグビー部マネはいらない戦いをしていたようでした。本当にわんちゃんも無くなりました。
研究室決めに向けて着実にアンケートも進んでいきます。
結果を見てみると「行きたくない研究室」でダントツ飛び抜けているのは言うまでもなく柏。
詰みか
そんな気持ちでいた中開かれた4年生と全研究室の教授・先輩で行われた懇親会。もはや僕には本郷の研究室の先生に何かを聞く気にもなれませんでした。自分には資格がない。教授の方から何か質問をされても真っ先に浮かぶのは「まあ僕は成績悪いので」の一言。
…恐る恐る柏の教授に聞いてみました。
「あの…今部活に入っていて柏キャンパスに通うとなると部活に行くのが厳しいのですが、本郷で実験は可能ですか…」
「いやあ、それは厳しいね!!」
完 敗
2回目の調査アンケートが配布されました。内容は自分のGPAと志望研究室。
それまで成績を探り合っていた我々ですが、遂にその箱が開かれる時が来ました。
ため息をつきながら3.3を入力し、志望研究室には一応本郷の研究室の中で興味があるものを選びました。
1週間後、調査結果が発表されました。
LINEで配布されてから真っ先に開き、成績の欄を確認しました。
ランダムに並んだ数字から3.3未満の数字を血眼で探します。
………2.7………………
3.1………………………
僕の下にはどうやら2人いたようです。しかしそれでも下から3番目。柏の枠は3。僕の一つ上は3.4でした。
あと2授業頑張っていれば回避していました。
…こんな形で休学するのか
挫折というのは後から考えたら良い経験だったと言えるかもしれないがその時点ではとてもしんどいことは言うに及ばず。うなだれて帰宅しました。
結果発表から数日後、仲のいい5人で演習後に駄弁っていました。彼らは成績も良く、行きたい研究室に行けそうな様子でした。
A「……かいちはどうだったん?」
……あぁ
俺「下から3番目だったわ」
B「え、まじか!0.01差じゃんくそ惜しいやんけ」
……なに言ってんだ。ちゃんと見ろよ。
俺「0.1差やで。あと2授業優とんのはまあ厳しいわ」
B「え??3.29でしょ?」
………3.29?
俺「え、3.29て何。俺3.3だったんだけど」
一同「いや3.29いたやん笑。したらお前下から4番目じゃね笑」
即座にもう一度アンケートを確認しました。ど真ん中に確かにありました。諦め半分で見ていたから見逃していたのでしょうか。
兎にも角にも、面食らいつつ僕の本郷残留が確定しました。
以上、現場からでした。
後輩の皆さんはこんなことで精神衛生を乱さないよう、真面目に頑張りましょう。
かいち