2023.09.14(木)10:13
はじめまして、津田です。
JUGEMブログで開くこんにちは。今年度、東大体操部に入部しました理科二類1年の津田弘基と申します。今回は自分の体操の経歴を人生を振り返りながらご紹介させていただきたいと思います。
私が体操を始めたのは6歳くらいのときだったと思います。その頃は父親の仕事でパリに住んでいて、教育熱心な両親の元で色んなスポーツに触れていました。ただ年齢が上がるにつれ自分の好みもはっきりし、小学校高学年くらいには体操に一本化されました。 エネルギーがあり余っていた当時の自分にとって、体操の周りのことを気にしないで自由に動き回ることができるところが合っていたのかもしれません。好奇心の赴くままに興味を持った技に挑戦し、できるまで何度も練習して、成功する喜びを噛みしめるというサイクルが自然にできていたのも、体操を楽しんでいた要因の1つだと思います。成長スピードも速く、とんとん拍子で実力をつけていました。その結果、地方の強化合宿に参加したり、フランスの全国大会に毎年出場したりしていました。挑戦し続けさえすればいつかは必ず成功できるという諦めの悪い性格が身についたのもこのときだと思います。
中学生になると、全国大会などで対戦していたライバル達は指定強化選手として寮に入り、体操をほぼ毎日5時間練習できる環境に身を置いていきました。私にもその選択肢があったのですが、勉強を優先する親の元ではそれはあってないようなものでした。中学の頃も全国大会に出場していましたが、練習量の差、そして何よりも本気度の差で彼らに敵わなくなってしまいました。広がるばかりのレベル差に自分の力量に自信を失くし、体操へのやる気が薄れていきました。
やるせない気持ちで過ごしていた中学生活が終わりに差し掛かかろうとしていた時、諸事情により高校から日本に行くかフランスに残るかを選ぶことができました。そこで環境を変えて、自分自身をも変えるために日本に進学することを決断しました。日本で通っていた渋谷教育学園幕張高等学校(渋幕)には体操部こそあったものの、ただ週に2回、2時間ほどマット運動をするようなユルい部活でした。家の近くに体操クラブなども無く、モチベーションがあまり高くなかった自分はわざわざ長い時間をかけて学校外で練習しようとは思いませんでした。結局高校の体操部に入部し、初心者たちの指導をしたりロイター板でひねりの練習をしたりするだけの3年間でした。こう書くとまた虚しい3年を過ごしたようにも見えてしまいますが、体操以外では充実した高校生活を送ることができたと感じています。むしろ充実しすぎていたために、卒業してから1年浪人する羽目になってしまったくらいです。
大学に入った時はどのスポーツをやるかはあまり考えていませんでした。しかしサークルオリエンテーションの際に約5年ぶりに体操器具に触ると少年時代の思い出が呼び起こされ、懐かしさと感慨の中、体操の楽しさを再び感じ、もう一度、体操を始めることを決めました。切磋琢磨しながら好きに練習していたあの日々のように、これからはこの部活で体操と向き合っていきたいと思います。
少々冗長な身の上話だったかもしれませんが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。皆さんと共に練習することを楽しみにしております。駒場の体育館でまたお会いしましょう。
私が体操を始めたのは6歳くらいのときだったと思います。その頃は父親の仕事でパリに住んでいて、教育熱心な両親の元で色んなスポーツに触れていました。ただ年齢が上がるにつれ自分の好みもはっきりし、小学校高学年くらいには体操に一本化されました。 エネルギーがあり余っていた当時の自分にとって、体操の周りのことを気にしないで自由に動き回ることができるところが合っていたのかもしれません。好奇心の赴くままに興味を持った技に挑戦し、できるまで何度も練習して、成功する喜びを噛みしめるというサイクルが自然にできていたのも、体操を楽しんでいた要因の1つだと思います。成長スピードも速く、とんとん拍子で実力をつけていました。その結果、地方の強化合宿に参加したり、フランスの全国大会に毎年出場したりしていました。挑戦し続けさえすればいつかは必ず成功できるという諦めの悪い性格が身についたのもこのときだと思います。
中学生になると、全国大会などで対戦していたライバル達は指定強化選手として寮に入り、体操をほぼ毎日5時間練習できる環境に身を置いていきました。私にもその選択肢があったのですが、勉強を優先する親の元ではそれはあってないようなものでした。中学の頃も全国大会に出場していましたが、練習量の差、そして何よりも本気度の差で彼らに敵わなくなってしまいました。広がるばかりのレベル差に自分の力量に自信を失くし、体操へのやる気が薄れていきました。
やるせない気持ちで過ごしていた中学生活が終わりに差し掛かかろうとしていた時、諸事情により高校から日本に行くかフランスに残るかを選ぶことができました。そこで環境を変えて、自分自身をも変えるために日本に進学することを決断しました。日本で通っていた渋谷教育学園幕張高等学校(渋幕)には体操部こそあったものの、ただ週に2回、2時間ほどマット運動をするようなユルい部活でした。家の近くに体操クラブなども無く、モチベーションがあまり高くなかった自分はわざわざ長い時間をかけて学校外で練習しようとは思いませんでした。結局高校の体操部に入部し、初心者たちの指導をしたりロイター板でひねりの練習をしたりするだけの3年間でした。こう書くとまた虚しい3年を過ごしたようにも見えてしまいますが、体操以外では充実した高校生活を送ることができたと感じています。むしろ充実しすぎていたために、卒業してから1年浪人する羽目になってしまったくらいです。
大学に入った時はどのスポーツをやるかはあまり考えていませんでした。しかしサークルオリエンテーションの際に約5年ぶりに体操器具に触ると少年時代の思い出が呼び起こされ、懐かしさと感慨の中、体操の楽しさを再び感じ、もう一度、体操を始めることを決めました。切磋琢磨しながら好きに練習していたあの日々のように、これからはこの部活で体操と向き合っていきたいと思います。
少々冗長な身の上話だったかもしれませんが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。皆さんと共に練習することを楽しみにしております。駒場の体育館でまたお会いしましょう。